自分が主催していた一年がかりのプロジェクトが終わりを迎えた。
あまり実感はない。
カンボジアの子どもたちと、日本の子どもたちにインスタントカメラを渡し、同じテーマで撮影した写真の対比とともに、お互いの相互理解を含めるプロジェクト。その名も「Focus on Myself.」
渋谷でのチャリティ・ライブイベント、カンボジアでの写真展、赤レンガ倉庫での写真展、SFCの文化祭、そして代官山での写真展、のべ3000人近い人たちが、このプロジェクトで撮影された写真を見た。
そしてなかには、すごい大きい心の変化を感じてくれた人もたくさんいた。
あまり実感はない。
子どもたちに、「たいせつなもの」「つらいこと」「自分の国」という3つのテーマで、自分の気持ちを再確認してもらうという意味で、自分自身を見直すきっかけになればとか、考えてた。
でもやっぱり、このプロジェクトを自分が進めてきた一番の理由は、自分が「見たい」から。
カンボジアのスラム街に住む子どもたちの視点を。
日本のふつうの小学校に通う子どもたちの視点を。
そして写っているものの違いを。
自分が、見たいから。
好奇心だよね。
子どもたちの写真は本当にきれいなものばっかりだった。
カンボジアの子どもたちの写真は、特に興味深いものがたくさんあった。俺らが直接見ることができないようなところを写した写真や、自分を撮影したり、俺らを撮ってくれたり。
「たいせつなもの」の写真は、どっちの国も一緒だった。友達や自分の持ち物、風景や家族。「つらいこと」の写真では、カンボジアの子どもたちはほとんどみんなスラムの汚水やゴミを撮ってきた。日本の子どもたちは、バラバラだった。スラムの子どもたちは、遊んでいるときはゴミなんかまったく気にしていないようだったけれども、やっぱり「何が嫌だ?」って聞かれるとそれを答えるんだね。子どもながらに、努力して隠している部分があるんだと感じた。
「自分の国の紹介」は、やっぱりこれもどちらも一緒だった。伝統的なものだとか、建築物だとか、植物だった。ちなみに一番印象に残っているのが、カンボジアの子どもが撮った写真。俺らが写っていた。
「こうやっていろんな国の人が遊びに来てくれるのは、カンボジアの、スラムに住んでいる私たちだけの特権でしょ」と、その子は言っていた。
”支援される側にいるからこそ”、いろんな国の人たちと関われる。そういう立場を、その子は認識していた。
すごいや。
日本の子どもも、カンボジアの子どもも、視点はまっすぐで、正直で、きれいだった。
どっちの国の子にも、鋭い子も、笑う子も、何も言わない子も、ちょっと頭の回転が遅い子も、いた。
子どもたちに国なんか関係ない。
よく「途上国の子どもたちの笑顔はなんて素敵なんでしょう。日本の子どもたちの笑顔はないのか!」とかいう言葉を言う人も多いけど、そんなのまるっきりうそだとおもう。
どっちの子どもたちも、素敵です。
プロジェクトに参加した子どもたち自身の心に、変化は残せただろうか。これが一番の目標だったし、一番気になる。
日本の子どもたちは、カンボジアの子どもたちの写真を見て、ビデオレターを送って、なんかしらのポジティブな変化を自分に持つことができただろうか。
カンボジアの子どもたちは、写真の自己表現の楽しさを知ることができただろうか。日本の子どもたちという、遠くて近い存在を感じることができただろうか。そして、日本のプラスの部分だけではない、違う部分も学ぶことができただろうか。
写真を見た3000人は、何か変わっただろうか。
知りたいなあ。
好奇心だよね。
なにはともあれ、無事にプロジェクトが終わって何より。
もっといろんな国の子どもたちの自分自身を、見て行きたい。
ライフワークにしようか?
↓プロジェクトを行ったカンボジアのバサックスラム。にまいめは、カメラを持ってはしゃぐ子どもたち。
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