2009年11月06日

さむいね

DSC_0718.jpg


自分が主催していた一年がかりのプロジェクトが終わりを迎えた。

あまり実感はない。

カンボジアの子どもたちと、日本の子どもたちにインスタントカメラを渡し、同じテーマで撮影した写真の対比とともに、お互いの相互理解を含めるプロジェクト。その名も「Focus on Myself.」


渋谷でのチャリティ・ライブイベント、カンボジアでの写真展、赤レンガ倉庫での写真展、SFCの文化祭、そして代官山での写真展、のべ3000人近い人たちが、このプロジェクトで撮影された写真を見た。

そしてなかには、すごい大きい心の変化を感じてくれた人もたくさんいた。

あまり実感はない。


子どもたちに、「たいせつなもの」「つらいこと」「自分の国」という3つのテーマで、自分の気持ちを再確認してもらうという意味で、自分自身を見直すきっかけになればとか、考えてた。

でもやっぱり、このプロジェクトを自分が進めてきた一番の理由は、自分が「見たい」から。

カンボジアのスラム街に住む子どもたちの視点を。
日本のふつうの小学校に通う子どもたちの視点を。
そして写っているものの違いを。


自分が、見たいから。


好奇心だよね。


子どもたちの写真は本当にきれいなものばっかりだった。


カンボジアの子どもたちの写真は、特に興味深いものがたくさんあった。俺らが直接見ることができないようなところを写した写真や、自分を撮影したり、俺らを撮ってくれたり。


「たいせつなもの」の写真は、どっちの国も一緒だった。友達や自分の持ち物、風景や家族。「つらいこと」の写真では、カンボジアの子どもたちはほとんどみんなスラムの汚水やゴミを撮ってきた。日本の子どもたちは、バラバラだった。スラムの子どもたちは、遊んでいるときはゴミなんかまったく気にしていないようだったけれども、やっぱり「何が嫌だ?」って聞かれるとそれを答えるんだね。子どもながらに、努力して隠している部分があるんだと感じた。

「自分の国の紹介」は、やっぱりこれもどちらも一緒だった。伝統的なものだとか、建築物だとか、植物だった。ちなみに一番印象に残っているのが、カンボジアの子どもが撮った写真。俺らが写っていた。

「こうやっていろんな国の人が遊びに来てくれるのは、カンボジアの、スラムに住んでいる私たちだけの特権でしょ」と、その子は言っていた。


”支援される側にいるからこそ”、いろんな国の人たちと関われる。そういう立場を、その子は認識していた。


すごいや。


日本の子どもも、カンボジアの子どもも、視点はまっすぐで、正直で、きれいだった。

どっちの国の子にも、鋭い子も、笑う子も、何も言わない子も、ちょっと頭の回転が遅い子も、いた。


子どもたちに国なんか関係ない。


よく「途上国の子どもたちの笑顔はなんて素敵なんでしょう。日本の子どもたちの笑顔はないのか!」とかいう言葉を言う人も多いけど、そんなのまるっきりうそだとおもう。


どっちの子どもたちも、素敵です。


プロジェクトに参加した子どもたち自身の心に、変化は残せただろうか。これが一番の目標だったし、一番気になる。
日本の子どもたちは、カンボジアの子どもたちの写真を見て、ビデオレターを送って、なんかしらのポジティブな変化を自分に持つことができただろうか。
カンボジアの子どもたちは、写真の自己表現の楽しさを知ることができただろうか。日本の子どもたちという、遠くて近い存在を感じることができただろうか。そして、日本のプラスの部分だけではない、違う部分も学ぶことができただろうか。

写真を見た3000人は、何か変わっただろうか。


知りたいなあ。

好奇心だよね。


なにはともあれ、無事にプロジェクトが終わって何より。

もっといろんな国の子どもたちの自分自身を、見て行きたい。

ライフワークにしようか?



↓プロジェクトを行ったカンボジアのバサックスラム。にまいめは、カメラを持ってはしゃぐ子どもたち。
d.jpg

e.jpg
posted by kota at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

秋だ

DSC_0066_2.jpg


ごちゃごちゃした街を見ながら自分のごちゃごちゃした感情を整理しようと思ってもできないよね。
やっぱり心を落ち着かせるには、落ち着いた場所に行く必要がある。
日常の喧騒から離れてまったりしたい。ほんとうに心から、まったりとしたい。

最近やりたいことリストを作ってたら10個もでてきて笑った。
たぶん欲望に忠実にリストアップしたらもっとでてくる。でも書けないのもある。人間だもの。


@南米言って、マチュピチュを見て、キューバでカストロが生きている間に同じ土を踏みたい
Aチベットのラサ宮殿を見たい
Bインドでマザーテレサハウスに行きたい
C↑の国で子どもたちにカメラを渡したい
Dそろそろワゴン屋台を出店する計画をはじめたい
E起業のビジネスプランをそろそろ固めたい
F慶大メディア・コミュニケーション研究所に入所したい
G本を読んで映画を見たい
Hスノーボード行きたい
I温泉入りたい


Iは今日突発的に箱根に行き、さらに再来週に伊香保温泉に行く予定があるので、クリア。Hは来週親父と長野にスノーボードに行くし、冬もちょくちょくその予定が表れつつあるのでクリア。Gは暇の時間を見つけてやりたいけど、気付いたら暇な時間が無かったよ。Fは勉強次第。12月試験だけど、新3年生は10人しかとらないっていくらなんでも鬼畜じゃない?Eは現在進行中。今後が楽しみだ。Dは友達と計画しなきゃ。動かないとはじまらないよね。C-@はお金をためて、春か来年の夏にまたやりたいなって思う。いろいろできるのは今のうちじゃ。


そろそろ将来について悩む時期なんだと思う。

やっぱり俺は自分で好きなことをしながら自分のペースで生きて行きたいタイプ。本当はフリーランスの写真家や、ジャーナリスト、カフェ経営とかやってまったり生きたいけど、お金的な意味でつらいのかな。

覚悟があればいけるって友達に言われた。その通りだと思う。
お金がなくてもそれで満足して幸せと言える覚悟があるなら、そういう道に突っ込んでもいいと思う。

それができないなら、俺は普通に就職して普通に働くべきなのかもしれない。


悩む。


生きて行くのって大変だよね。


近所に住んでいた女の子が亡くなった。自殺なのかもしれないけど、親御さんは事故だと言っていた。いじめられてて、学校に行かなくなって、「ぼくはおとこだ」と言うようになってから1年たってないのかな?あんまり面識はなかった。挨拶する程度。でも、なんかショックだし、なんかこわい。

おじさんが死んでしまったのはつい先月のこと。納骨などを日曜には済ませたけども、なんだろうこのぽっかりとした気持ち。

高校時代に、元中の友達が亡くなった時もそうだった。ぽっかりと穴があいて、実感がない。普段からそんな会っていなかったから、いなくなったっていう事実を受け入れがたい状況。

死ぬってなんだよなあ。いなくなることか。

じゃあ生きるって何だよなあ。そこにいることか?


そこにいるだけで生きて入れるならそれでいいけど
そうは甘くないよね。


自立して生きて行くには、ちゃんとした道筋に沿った人生を送る必要があるんだろうね。

ああ、めんどくさい。ただひたすら、めんどくさい。


さっきの覚悟の話に戻ると、
俺はやっぱりチキンだから、自分ひとりじゃ覚悟ができない。

支えになる人がほしい。
一緒になんかやっていける人がほしい。
人生を通して、一緒に遊んで行ける人がほしい。

切実に。


そろそろ寝ないと。明日は7:30に起きないといけない。



ゆっくりしたい。
それもおいしい珈琲と、おいしいタバコと、誰かと一緒に。
posted by kota at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

大麻はなぜいけないの?(mixiより)

問:大麻はなんでいけないのか、論理的に答えれる人だけ答えてください。ただし、次の事実を踏まえたうえでよろ。なお、「法律で駄目って言われてるから駄目」はただの循環論法だし、論理的ではありません。
「お母さんにテレビ見ちゃダメって言われてるから駄目なの」と言ってるちっちゃい子と一緒です。

あ、タバコに対する極度の嫌煙家にもぜひ考えてもらいたい問題です。近いものがあります。タバコのことでもいいから書いてちょ。


ちなみに大麻を吸おうよ!とか、合法化運動してえ!とかそういう意味の日記じゃなくて、少しでもみんなに多角的な視点を持ってもらおうと思い書きます。僕自身はちなみに違法なところで大麻を吸ったことはありません。そういう話をしたいわけじゃないです。

ぜひ最後まできっちり読んでください。バイアスとかそういう話。


参考文献は「大麻ヒステリー 思考停止になる日本人 武田邦彦著 2009年 光文社新書」


★事実

@世界保健機関(WHO)の調査による比較結果(1963年報告)
(1)大麻の精神的依存性はアルコール、タバコよりも少ない
(2)タバコおよび大麻の身体的依存性はない

Aアメリカ国立薬物乱用研究所による比較(1994年)
(1)大麻の依存性=1 カフェイン=2 アルコール=3 ニコチン=6
(2)大麻の禁断性=1 カフェイン=2 アルコール=6 ニコチン=4
(3)大麻の切望感=2 カフェイン=1 アルコール=4 ニコチン=3
(4)大麻の陶酔性=3 カフェイン=1 アルコール=6 ニコチン=2

BWHOの調査結果(1970年報告)
・大麻がきっかけになって、ヘロインなどの麻薬につながることはない


これはれっきとした事実です。んなのうそだろとか言って論破しようとする人は資料を自分で探して読んでください。


★事実ではないが事実だろうと想定されるもの

@各国で2000年前から大麻が栽培されているにも関わらず、嗜好品となることはほとんどなかったことから言えるのは、"嗜好品として"の機能性がアルコールやニコチン、カフェインに比べて少なかったためではないか

A禁止されているものゆえに、手を出したい人間が増える。暴力団など
が資金源にしている可能性がある

Bアルコールは世界人類のほとんどが手を出す嗜好品である。毒性は大麻やニコチンよりも強いが、多数が簡単に得る"麻薬"であるがゆえに禁止はしないのではないだろうか。


★余談

@余談だけど、タバコの副流煙の毒性データは副流煙が出た瞬間に計測してます。次の瞬間300倍くらいに膨らみます。気体は拡散します。もちろん吸う本人には害はあるけど、それはまあアルコールも一緒ですよね。周りの人に害がない!と言っているわけではありません。あしからず。

AWHOとかそういうとこでは、アルコールやニコチン、カフェインも麻薬として分類されてます。みんな麻薬だって認識持ってないのは「みんながやるからそれでいい」ってことだよね。みんな麻薬常用者なんだぜ。

Bいまのところ、俺が「タバコを吸いながら運転しても事故はしないけど、お酒を飲んで運転したら人を殺す可能性がある。お酒は酩酊状態になり、犯罪を助長することはみんな充分認識してる。でもお酒は悪くなくて、タバコは悪いのはなんで?」っていう命題にも論理的に答えてくれた人はいません。お酒は肝臓を悪くします。ガンにもつながります。なんで駄目じゃないの?分酒とかそういうのないの?

Bに関しては俺のぼやき。結局酒は多数派だからやめさせれないってのはアメリカの禁酒法が証明してるよね。毒性が一番強いお酒OKでタバコなど他駄目っていうのは本当マイノリティを優先した考えだと思う。俺が喫煙者だからだけど。俺はちなみにどっちも好き。


さてさて

結局俺がこの日記で何が言いたいのかって、結局俺らは小さい頃とかから植えつけられたバイアス。マスコミ、政府などのバイアスに完全に縛られているんだよなあってこと。「大麻=やばい」っていうのは植えつけられてきた習慣性のバイアスなんですよね。お酒、タバコの方がよっぽどやばいのに。歴史がそれを証明してる。

でもみんなはそれに気づけない。俺も最近まで気付かなかった。それが怖い。結局上からのバイアスに応じる家畜みたいになってる。

大麻に関してじゃなく、いろんな世の中のことに対して。上からのバイアスがどれだけ身にしみついてるのか。そしてもう少し多角的に世の中を見る必要があるんだよなあってことを、みんなにも気付いてもらいたいです。


あ、これは俺のぼやきだけど
大麻は駄目って言われてるから最悪な麻薬で、吸ったやつは死ねとか、タバコの副流煙はまじ体に悪いからタバコ廃絶しろっていってる人たちは、すごい多角的に物事を見れていないんじゃないでしょうか。

タバコに特化して言えば、まあ俺が喫煙者だから言えることなんだけど、確かに害は少なくともあります。だからマナーは守る必要がある。当たり前のことですね。でも、余りにも一辺倒に「害があるからやめろ」っていってくる人は多角的に見れてないと思う。

だってそうでしょ?一個のソースから与えられた情報をもとにそういう意見を言っていることになる。


もっと多角的に。バイアスを取り払って物事を見て行こうよ。


ちなみにどんな嗜好品にせよ節度を持つべき、っていう温和な意見はよくもらいます。その通りだと俺も思います。そうするとお酒もたばこも大麻もやめさせる必要があるとは思えません。俺の意見はそういうもの。全部いいとおもう。個人の問題だよね。

そう。タバコはマナーを持って吸いましょう。嫌がる人の前で煙をもくもくさせるのはやめましょう。お互い様なんだし。



さて、ここまで来た上で、大麻もなんで禁止されているのか論理的に考えてください。タバコよりも、お酒よりも害が無い嗜好品なのになんでだろうか。どうやらオリエンタリズムとかが見え隠れしているらしいけど、むずかしいね。


誰か答えれる人、論理的になぜ禁止か答えてほしいです。
論理的に反論できるものがあれば反論します!!タバコ、酒に関しても可。どしどし募集中。




※俺はこの日記を書く上で、双方の意見を結構比較してみました。タバコに関しても結構日常的に調べてます。そこそこ多角的に判断したうえで出た疑問とみんなへ知らせたかった気持ちで書きました。決して違法のなか大麻吸おうぜとかそういう気持ちで書いたものではないので。
posted by kota at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

caravan

DSC_0022_2.jpg


caravanが好きだ。

音楽ね。車じゃない。

YUKIのハミングバードとか、wagonとかの曲を提供してるアーティスト。


旅人。


一番好き。


曲調に歌詞に世界観。


すべてがきれい。そしてまったりしていて、なおかつダウナー。


あげようと思えばあげれるし
だるくなろうと思えばなれる


自分のテンションに合わせて聞ける。そんな曲たち。


新アルバムがいい。
ほんのすこしだけって曲が特にいい。



caravanを聞くと旅行にいきたくなる。


車一台で逃げ出したくなる。


まったりとぐったりと、どっかに行きたい。



喧騒を忘れて、どこかへ。



写真はcaravanとはとくに関係のない下北沢の街。


でもなんかこんな色合いの気分になれるんだよ、ほんとうに。
posted by kota at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

ゆーすこんてすと

DSC_1727.jpg


日本ドキュメンタリー写真・ユースコンテスト、っていうのに応募してみた。


うえの写真を含む14枚。


どうだろう。


あまり自信はない。

でも、挑戦はしてみたい。


写真の質自体には、少し自信がある。


でもドキュメンタリー写真の定義がわかんないから


なんともいえなさすぎる。


だから、あまり自信がない。


*



今日は赤レンガ倉庫で写真展をやることになり
それの初日だった。

自分の写真じゃないよ、子どもたちの写真。

赤レンガで、DAYS JAPANとやるというすごさに
いまだに実感がなさすぎる自分。


なんでここまでこのイベントは
実感がわかないのだろう。

すごすぎるからなのか。


はたしてすごすぎるのだろうか。


何をやろうとしているのだろうか。


見失っていないか。


大丈夫だよね、と言い聞かせるが



あまり自信はない。
posted by kota at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

ぼくの、夏休み

DSC_1645_2.jpg



ネパールの空きれいだったなー

20歳の夏休みおわり


めんどうくさいから箇条書き


夏休みとしてはものすごく充実していて、忙しい夏休みでした。
得たものも大きい。

友達とより仲良くなることができた。
とくに限られた数人と。
後輩とも仲良くなった。

そして新しい経験をたくさんした。
ネパールに行く、陸路国境、タイで電車乗るとか、日食見るとかね。

カンボジアのプロジェクトも終わらせたし、カンボジアで写真展もできた。


人が死んだ夏休みでもあった。
今日納骨だった。真っ白だった。太い骨だった。



充実していた一方で、映画が見れなかった。

映画、今年見れてないなあ。
やつを誘って見に行くか。


あと、癒しが足りなかったなーとは思う。
ブログ書く時間もなかったような感じ。

怒涛のごとく、いそがしかった。
でも、怒涛のごとく、たのしかった。


長い長い夏休みでした。

この様々な得たものを、これから昇華させて

来年の夏には形にできていたら、うれしい。



◎夏休みしたことリスト
・箱根温泉
・日食をみに岡山まで徹夜ドライブ
・神奈川の奥地で2泊3日キャンプ
・軽井沢家族旅行
・精密検査
・水上温泉へ車旅
・ネパールとタイとカンボジア
・飲み、泊り、サークル会議、合宿
・お通夜、告別式

◎夏休みに読んだ本リスト
・フォトリテラシー
・限りなく透明に近いブルー
・ダンスダンスダンス
・戦場の画家
・コインロッカーベイビーズ
・すばらしい新世界
・もしも僕の言葉がウイスキーであったなら
・カンガルー日和

◎夏休みに見た映画リスト
レッドクリフ 2
ブロークンイングリッシュ
蛇にピアス
イエスマン
蟻地獄のような街
ココ・アヴァン・シャネル
プラスチック・シティ
ONE DAY IN EUROPE
posted by kota at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

死ぬって何?

CSC_2009.JPG


ネパールのパシュパティナート。
ガンジス河の支流の上流にあるガート。
ヒンドゥー教徒が沐浴したりするとこ。

見に行った時ちょうどお葬式をしてた。

ネパールのヒンドゥー教徒は野焼きをして
ガンジス川に遺灰を流すことで輪廻転生するみたい。

すごい幻想的な空間。

人だったものが目の前で、燃えてる。

ちょっとお金持ちのお母さんが亡くなったみたいで
息子が号泣しながら、火をつけていました。


人の燃える火は人を引き付ける力がある気がする。
すごいなんというか、
そこらの木よりはるかに中身の濃い物体なわけだから

それはきれいな火になるよね。

何十年かの結晶物が燃えるんだから
きらきらしててもおかしくないんだろうね。

なんかぼーっと、見てしまう火でした。


帰り際そのもうもうとした煙を吸い込んで
なんかその人の人生盗んだ気分になった。
馬鹿だな。



俺のおじさんも土曜日夜に亡くなった。
明日お通夜。明後日告別式。


人が死ぬってなんだろうね。よくわからん。
宗教もよくわからん。
死へのアプローチの近道なのだろうか。

俺死んだらどうしよう。
輪廻とか、ちょっとは信じてるけど、
「ガンジスの川に投げられるから安心」みたいな確約がないしね。


なんかぽっかりした気持ちだ。


先進国の映画では人がたくさん死ぬ。
途上国の映画ではあまり死なない。

先進国は死が身近にないから
仮想的な死を味わおうとするらしい。


死にカタログって本に出てた。


死って身近じゃないし
宗教もないからほんと何なのかわからなさすぎる。

ただいなくなるだけだよね。

それこそぽっかりした気持ちをみんなに残すだけだよね。



posted by kota at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

おひさしぶりです

CSC_0372.JPG

見てる人がいるかも知らないけどおひさしぶりです

更新、と


ネパール、カンボジアをめぐる20日間の旅から帰ってきました


いろいろ得たものは多いし、
すごい楽しい旅だったんだけども


写真に関してなんかもう駄目でした


考えすぎて撮っちゃったせいか
全然いい写真が撮れてなかったわけです
自分なりに


子ども達の写真を撮るときに
どうしてもなんか子どもたちを撮る自分が嫌で
なんかもう考えすぎて

あんまり近づいて撮れなくて

駄目でした

笑顔が撮れなかったのは
俺の緊張が伝わったからなのかなあ


変に写真の本とか読みすぎて
オリエンタリズムだとか
盗み撮りだとか
変なマイナス要素ばっかに頭がいって
撮れなかったのが悔しくて


コミュニケーションしながら撮りたかったけど
なんでこんな撮れなかったんだろか


わかんないなあ



風景とかに関しては
結構普通に撮れたんだけど

人がだめだ

もっと人をうまく撮りたいなあ

と思う



難しいね、写真って


はやくまた
旅行に行って
いろんなひとを撮りたいなあ
posted by kota at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

しゃしん

DSC_1117.jpg

いつか写真で食べていきたい。
それくらい、うまくなりたい。

センスなのは知ってる。
自分にセンスがあるかは、自分では判断できないけど。

自分は並みよりはうまいとは思う。
でもそんなんじゃ、食べていけない。

写真で人を変えながら
写真で人を幸せにしながら
写真で人を悲しませ
写真で人を喜ばせたい


写真っていうのは芸術だ
写真には力がある

写真を
撮りたい。

撮って撮って、撮りまくって

もっとうまくなりたい。


頑張る。
posted by kota at 06:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サクリファイス

自己犠牲をして
他人が楽しめれば
他人が変われば
他人が喜べれば
他人が満足すれば

それでいいのかもしれない

自分は他人を変えていきたい
自分は変わらなくてもいい
もちろん変わる必要はあるけれど


神様は楽ちんだよな
自己犠牲しないでも
他人本位になれる


俺らにはそれはできない
人間だから

自己犠牲は自分をまとめて
自分を捨てて
自分を我慢すること

他人にあわせて
自分をあわせて
自己犠牲していこう


でもそれが楽しいなら
いつかそれは犠牲じゃなく
自己犠牲をする必要なく
他人本位になれることになる


神様に、なれる
posted by kota at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

共同ライフ

共同生活をすると動ける人、動けない人は完全に二分化される
視野が広い人、広くない人なんて簡単にわかってしまう

だからめんどくさい

人間はひとりひとりやっぱり自分が中心だけど
協調性が変にあるから群集心理で固まることもある

これもめんどくさい

自分は動ける方だし、視野も広いと思うけど
人を思いやることができず自分を優先してしまうし
自分の先のことしか考えず人の先のことを考えることができない
そして、
自分で自分に抑え込みすぎてため込みすぎて破裂することがある

そこが子ども


俺も人間

だからめんどくさい
posted by kota at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

ぼくのなつやすみ

テストだ、なんだとブログ放置してた。
しかも小説で放置するとか完全なる羞恥プレイだよね。


この12日間は色々ありましたー。

テストがあり、終わり、いろんなことがはじまり、おわりました。


家族旅行で箱根にいき、ひさびさに美術館にいきました。
日食も見に行きました。岡山の県境まで行きました。
大阪も、京都の清水寺もついでに見ました。
自然の神秘、人間の作り出したものの素晴らしさ等など。

人間、行けないところはありません。



さて、俺が美術館、箱根のポーラ美術館で見たのはルノワール。

俺はほんとにルノワールが大好き。

レース帽の少女見てたけど、見てたけど、鼓動が高鳴って、息苦しくなる。
なんか恋愛に似た感じ。
気持ち悪いかもだけど、これガチね。

いい写真、いい絵って見るとまじでドキドキするんだよ。


どういう感覚かわからないけど、素晴らしいものって本当素晴らしいし、自分もひとをドキドキさせるような写真が撮りたい。まじで。


でもやっぱ才能だし、限界があるし、壁があるし、やらなきゃいけないことがあるし。


CPA、インターン、ビジコン、みんな頑張ってる。

写真専門に学ぶ必要があるのかなあ。

そういう人生もありなのか、どうか。

俺も頑張る、べきなのか。



大学2回目の夏休み、はじまる。
posted by kota at 21:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

ようちえんせい

授業で書いた小説をとりあえずアップしようと思う。

中二病?いや、大二病です。



続きを読む
posted by kota at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

やりたいこと

いま、自分のやりたいことがわかった
人生を通してのね


俺はまず楽しいことをしたい。
それでいて、世界のいろんなことを、伝えたい。

でも本当に伝えたいのは、惨状や、悲惨さじゃない。

どんな土地にも俺らと同じような笑顔を持って
楽しく生活している人たちがいることを、
伝えたい。

そんな人たちはでもやっぱり苦しい面もある
という意味で惨状は伝えたい。
だからその人たちに、援助とか、
そういうのをしてあげて、といいたい。

惨状を救うためというより
もっと、もっと楽しく生きてもらうために
助けてあげてくださいっていいたい。


カンボジアの子どもたちってつらくて、かわいそうなんだ
っていうのは歪曲だから。

楽しんで、笑顔で、本当元気な子どもたちがいるんだから
歪曲する必要はない

事実を伝えればいい

でも苦しいところもあるんだよ、っていうアプローチの仕方。


これだ。
posted by kota at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

ごちゃまぜ

DSC_1249_2.jpg

カンボジア,バサックスラムにて。

日本の子どもの笑顔はよくなくて
カンボジアの子どもの笑顔が素晴らしい

なんてことを言う人がよくいるけれど
それは差別だと思う

笑顔に差なんかないし、
違いなんかない

みんな違って、みんないい。

絶対にそう。


笑顔のごちゃまぜ。

俺もいまごちゃまぜの状況にいる、よなあ。
posted by kota at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする