2010年05月18日

【コラム】カーゴ・カルト

 ジョン・フラムというアメリカ人がいる。彼は、バヌアツ共和国のタンナ島で信仰の対象となっている「神様」である。彼が再来すると言われる2月15日には毎年、「USA」のボディ・ペイントをした信者たちが島中から集まり、ジーンズに身を固めた筋骨隆々の男たちが竹槍をライフルに見立てながら行進する。そして夜通し歌い踊り続けて、ジョン・フラムが再来することを祈るのである。かつてタンナ島に大量の物資を運んできたと言われている彼が再来すれば、島は再び至福に満ち溢れるとされているのだ。

 この様な信仰はカーゴ・カルト(積荷信仰)と呼ばれ、20世紀が終わるまでメラネシアの島々に多く存在した。どれも、神や祖先たちが船や飛行機で文明の利器を島に運び込み、富と繁栄をもたらすという考え方の上に成り立っており、かつての植民地支配や、アメリカ軍による基地建設のインパクトによって発生したと言われている。孤立した島に文明が大量流入する事で、それに対する過度の憧れが具現化したに違いない。もちろん、文明に塗れて暮らしているぼくらには、そのような信仰はとても奇抜に写るだろう。いつやってくるかわからないカーゴに思いを馳せて待ち続けると言うのは、あまりにも他人任せで、本質を見極められていない気もしてしまう。しかし、現実にそれは存在していたのだ。

 オーストラリアの経済学者クライヴ・ハミルトンは、そんなカーゴ・カルトと資本主義経済の間に共通項を見出した。どちらも「物質の量が多ければ多いほど幸せになる」「いつかそれは実現される」という考えを基に成り立っている、と言うのだ。確かに、見方によっては双方とも似通った考え方なのかもしれない。幸せは物質的・金銭的・量的なモノと結び付かないとするハミルトンは、ジョン・フラムを待ちながら夜通し歌い踊るタンナ島の人たちがいつまでも幸せになれないように、物質的豊かさを夢見ながら資本主義の歯車として踊ってきたぼくらも、決して幸せにはなれないと述べている。結局のところ、資本主義信仰も他人任せで本質を見極められていないと、彼は言いたいのではないだろうか。

 ハミルトンは、経済成長至上主義を脱して、幸福主義を基本としたスローライフへのシフトダウンをすべきだと提唱している。人間らしい幸せを手にしよう、というわけだ。ぼくらもそろそろ本質に気付いて、歯車としての踊りをやめるべきなのかもしれない。ジョン・フラムは、決してぼくらの島にはやってこないのだから。
posted by kota at 03:04| Comment(1) | TrackBack(0) | ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Posted by スーパーコピーオーデマピゲ at 2014年05月15日 17:03
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