2011年01月14日

【雑記】私の体験的国際協力論「ジレンマと、名前と、ありがとう。」

大学のレポートで書いた、私の体験的国際協力論。

せっかく国際問題に関する学生団体の創設者と代表をしているのだから、これくらい書かなくちゃと思って書きました。あんまり参考になるようなものではないし、かなりめちゃくちゃな理論かもしれないけども、僕の体験的にはこういうことです。

ちょっと長いけど、ぜひ読んでみてください。

*

私の体験的国際協力論「ジレンマと、名前と、ありがとう。」

1.はじめに

 私は国際協力を活動の中心に据えている学生団体S.A.L.(http://salsal.info)を大学1年次に立ち上げ、2年半の間、その代表として活動を続けてきた。団体の活動は主に、

(1)自分たちでスタディ・ツアーという形で何かしらの問題に苦しんでいる地域を訪れ、プロジェクトなどを開催。
(2)その報告をイベントやフリーペーパーで行い、そこで発生した利益を寄付。
(3)寄付したお金を間接的に届けるのではなく、出来る限り直接的に現地に還元する。

という3つのプロセスを経て行われている。つまり、自分たちが学んで、それを発信し、援助するという段階を踏んでいるのである。そのなかでも特に力をいれているのが「発信をすること」だ。問題に対する意識を社会の中で高めて行けば、援助の輪が広がっていくだろう、という価値観を持っているのだ。

 そんな私たちは出来る限り自分たちのする国際協力が「机上の上の国際協力」にならないように心がけてきた。2年半の間にパレスチナやカンボジア、ネパールやチベット、インドを訪れて様々なプロジェクトや支援を行い、多くの人達と直接関わり、学び、感じ取って来た私の国際協力論を、このレポートでは述べていきたい。


2.ジレンマ

 国際協力といえば、大抵の人たちは「食糧支援や医療援助、子どもたちに何かをあげる」といった類の支援を思い浮かべるだろう。もちろん私も、そのうちのひとりである。貧しい人たちや苦しんでいる人たちを救うために、「何かをする」「施しをする」ことこそが国際協力であり、支援であるという風に捉えていた。

 私には、そんな類の支援の中にどうしても「支援を与える側」と「支援をされる側」という上下関係構造の存在に違和感を覚えていた。その上下関係構造には、エドワード・W・サイードが言うオリエンタリズムの東洋と西洋の分け方と近いものが内包されているのではないかと感じたのである。東洋と西洋が単に「支援をする先進国」と「支援をされる途上国」という構造に置き換わったに過ぎない。だからこそ「支援物資をあげる」「救ってあげる」というのは上から目線でエゴが存在しており、「相手を救いたい」という考え方ではなく、「相手より自分が上であること」に満足感を得ているように私には見えたのだ。

 実際に私自身も国際協力にある程度携わり、現地の方々とコミュニケーションを取っていく上で、上記のような違和感が自分の中のジレンマとなっていた。スラム街をふらっと訪れ、子どもたちに日本のお菓子や玩具、カメラを配って2時間くらい遊ぶ。その間に私たちは子どもたち笑顔の写真をたくさん撮り、後ほど支援金をNGO渡しておしまい。ばいばい、と。そんなことが何度かあった。その様子を客観的に見てみると、なんだか第二次大戦直後にアメリカ兵が日本人の子どもたちにチョコレートを渡して満足しているような姿と自分が、重なってしまったのである。そこに私はオリエンタリズムを感じ取った。そしてそれが、私のジレンマになったというわけだ。

 ジレンマを抱えるようになってから、私は子どもたちにカメラのレンズを向けることを控えた。罪悪感が私を襲ってきたからだ。そして、一体どうすればそのようなジレンマを脱することができるのか、真剣に考えるようになった。自分が上から目線になってしまわないように、言葉にも気を使った。「あげる」「贈る」という言葉ではなく、「渡す」という言葉を使うようにした。そしてさらに様々なことを考えていくうちに、気がついたことがある。本当の国際協力をするには相手を「他者」として捉えてはいけない、「相手に何かをしている」という気分にはなってはいけない、ということだ。そうすることで、「支援をするこちら側」と「支援をされるあちら側」という距離感が改善され、「対等」な関係を築き上げることができるのではないか、と結論づけたのである。

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(写真はカンボジアのスラム街、バサック・スラム。はじめての渡航。ジレンマを感じたとき)


3.名前を呼び合うことの大切さ

 では一体、対等な関係を築き上げるために必要なものは何なのだろうか。自分のジレンマを解決するために、さらには支援する側とされる側が対等な関係を築き上げて、一緒に何かをやっていけるような状況が生まれる国際協力を実現するためには、いったいどうすればいいのか。スラム街の一件のあと、私は実際に国際協力に携わっている方々がどうやって支援を行なっているのか、どうやって国際協力を行っているのかに注意を払い始めた。そして私自身がカンボジアを訪れた際に、現地で活動を行なっている日本のNGO「Make the heaven Cambodia」のスタッフの様子を見て、これだと思った。

 NGOのスタッフはみんな、支援をしているスラム街の子どもたち全員を名前で呼んでいた。さらに、井戸掘り支援をしている田舎の村でも、村人とわいわい楽しみながらお喋りをしていたのである。まるで友達感覚というか、心底友達であると感じながら支援を行なっているのだ。その様子は、今までそんな物が「支援」だとは考えていなかった私にとってとても新鮮で刺激的で、かつ素晴らしいと思える光景だった。そうして、これこそが私のジレンマを解決する「国際協力」の本当の姿なのではないか、と感じたのである。

 お互いの関係を対等にしようと変に努力をする必要はない。友達感覚で現地の人達と付き合っていけば、自然と対等な関係を築きあげることができるはずだ。そんな所見から私が見出したのは「お互いの名前を呼び合うことができるような状況」が一番国際協力にとって重要で、そして求められていることであるということだ。友達のように、「名前」を呼び合うことがよりお互いの関係を「対等」にすると気がついたのである。

 たとえば部活で先輩に名前を覚えられたのが嬉しいように、名前というのは人と人とを繋ぐ一番重要な要素である。国際協力の場でも、支援する側がされる側のことを名前で認識し、される側も支援をする側の事を名前で認識した上で、お互いを名前で呼び合うことが出来ればその関係はとても理想的な物になる。名前をお互いが呼び合うことはお互いの距離が明らかに縮まっている証拠であるし、名前を覚えられて嫌な気持ちはしない。気軽に名前を呼び合えるような関係が対等であることは、一目瞭然である。

 お互いが対等な国際協力が行えることができれば、「一緒にがんばっている」という気持ちがこちら側からも相手に伝わっていくはずだし、同時に相手の気持ちもこちら側に伝わりやすくなる。その「気持ち」というメタファーは確実に、双方のモチベーションの向上にも繋がるに違いない。それは将来的に、支援を必要としない社会の構築も進んでいき、今盛んに叫ばれている「持続可能な支援」の完成にも繋がっていくのではないだろうか。

 無論、名前を呼び合うことができるような支援の場、国際協力の場というのはとても限られている。大型の支援や一方的な食糧配給の場、大量の難民を前にした国際協力の状況では、とてもではないが名前を呼び合うことなんてできないだろう。しかしそういう場合においても、より一層支援する人たちと近づいていくことは、間違いなく求められていることではないのだろうか。名前を覚えてもらい、名前を覚えるという行為はまったく複雑な課題ではないし、双方が良い関係を築くのにはもってこいの手段なのだから。


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(二度目のバサック・スラムでは、子どもたちの名前をほとんど全員覚えて、話しかけた)


4.ありがとう

 話はがらりと変わる。今度は箱物支援の話である。箱物支援は東南アジアを旅していればあちこちで見かける、ダムや橋などのインフラ支援のことだ。日本の国旗が描かれた橋がネパールやカンボジアの田舎に架かっているのを見たときは、とても驚くし嬉しさを覚える。このような箱物支援を行っているのは、ODAを通じた支援もしくはJICAによるプロジェクトが多い。しかしインターネットなどではそれらの支援について反対意見を述べる人もいる。私も、現地で働くNGOの方が「箱物支援はお金の無駄だ」と呟くことも聞いたことがある。

 しかし私は、決して箱物支援が無駄であると考えていない。現地の方の声を直接聞いたことがあるからだ。それは、ネパールのカトマンズに私がいたとき、偶然リキシャ・ドライバーとの会話をしたときのことだった。彼は50歳で、もう20年近くもリキシャ・ドライバーを続けていた。文字も読めないという彼は、英語は堪能であるがお金も余り稼いでいないそうだ。彼は自分の身の上話から仕事の現状、ネパールの情勢などを話した上で、ネパールが受ける支援について語り始めた。「政府が全部持って行ってしまうんだよね」とため息交じりで話し終えた彼は、私の目を見ながら突然こんなことを言ったのである。

「JICAは本当に素晴らしいと思うよ。私たちのために、橋や道路や病院を作ってくれている。本当に私はJICAのと、日本に感謝しているんだ。本当にありがとう」

 別に私が彼を雇っていたわけではないから、この言葉はリップサービスでもなんでもない。素直に心から感謝の気持ちを持ってくれている人がいたのか、とその時私は感動したのである。同時に、彼のような「現地の人達の声」は私たちになかなか届かないのだな、と強く実感した。
 
 箱物支援は「モノ」を国単位という大きなレベルで投げ込む。インフラという必要不可欠なモノであるならば、そこからは何かしらの効果が生まれるはずだ。しかし、実際にはそれを感じることができない。先の述べたような対等だとか、名前を呼び合うという考え方が存在しないゆえに、効果が直接見えづらいのだろう。

 だからこそ箱物支援をするときにも、重要なのは人と人とのコミュニケーションなのではないだろうか。現地の人達が日本の作ったモノに感謝したり、もしくは反対にモノに対して嫌な気持ちを持っていたりしたときに、何かしらの方法でそれを日本に「直接」伝えていけるようなシステムを構築するべきではないだろうか。そうすれば私たちは効果をしっかりと見ていくこともできるし、現地の人達との新たな、そして良好な繋がりが生まれるのである。


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(ネパールで話をしてくれたリキシャ・ドライバー。もうすぐ孫が生まれることをとても喜んでいた。彼に関するコラムはこちら→ http://togemaru.seesaa.net/article/137322990.html )


5.まとめ

 以上が私の体験的国際協力論だ。キーワードとなっているのは、「対等」で「直接的」であること。お互いにモノを言い合えるような、いわばお互いが仲の良い間柄になれるという状況にこそ、理想的な国際協力の姿はある。だからこそ、私はこれからの日本の国際協力に求められている姿が「草の根支援の充実」であるに違いないと確信する。Face to Faceでお互いが顔を見ながら、しっかりとコミュニケーションを取っていけるような支援ができるのは、草の根支援だけだろうと考えているからだ。草の根支援とは正反対のところに存在する箱物支援だって、上記で述べたように何かしらの形で草の根支援と融合させることは不可能ではないはずである。

 地域に密着し、現地の人達としっかりした関係を築き上げるような支援がいま、求められている。そのような支援をNGOやNPOだけに任せるわけではなく、国がしっかりとバックアップを取っていくべきではないのだろうか。

 これからの日本の国際協力がそのように行われていけば、きっと素晴らしい成果をもたらしてくれるだろうと、私は信じている。

CSC_0461.jpg
(チベットで、子どもたちと一緒に)


(4,503字)

posted by kota at 21:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
俺のよりよっぽど面白い!
Posted by 永田 at 2011年01月15日 00:30
対等であることの重要性はわたしもよく考えます(^□^*)
相手の尊厳とか、そういう話にもつながっていきますし。

なるほど〜名前ですか!
確かにそうですよね...
わたしも意識してみようかなって思いました(ノ∀`*)
Posted by なつえ at 2011年01月18日 18:11
私も国際協力について様々なジレンマがあり、卒論のテーマにあげています。
とても参考になりました。
ありがとうございます。
Posted by ともぞー at 2014年04月21日 21:00
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