2010年07月22日

【コラム】写真の持つちから

この三連休、僕は東京都写真美術館が主催の「写美フォトドキュメンタリーワークショップ」に参加した。プロのフォトジャーナリストであるQ.サカマキさんと、AERAでフォトエディターをしている外山さんを講師とするワークショップで、将来フォトジャーナリストを目指す自分にとってはとても刺激的な時間だった。ワークショップを通じて、僕は「写真」の持つ力の素晴らしさを改めて実感することができた。



フォトジャーナリストに求められる最大の要素は、そこにある問題をどれだけ「美しく」「強く」そして「シンプルに」切り取ることができるかどうか、だ。それらの要素を兼ね備えた写真は、見ているヒトの心をがっしりと掴んで離さない。見ているヒトが写真の中に引き込まれてしまうような錯覚を覚える事もあるだろう。僕は、そうなる。

国際問題を伝える方法は、様々なものがある。講演会や文章、機関誌や映像、ホームページ。別に写真じゃなくてもいいじゃん、と言われると、そんな気もしてくる。

でも、ヒトに「こんな問題があるんだから、知らないとダメですよ!こんな可哀想なヒトたちがいるんだから、知らないとダメですよ!」とお説教するようじゃ、なかなか問題を伝えることはできない。ヒトはそういう伝え方を拒絶しがちだ。特にそもそも問題に対して興味がないヒトたちは、「自分はそんなことに触れたくない」と思ってしまう事がほとんどだと思う。

写真は、そういう壁をさらりと超えて行く。だから僕は、写真の伝える力を信じている。写真という「アート」か「ドキュメント」か、極めて曖昧な立ち位置にいる媒体だからこそ、そんな芸当がなせるに違いないだろう。写真という美しい布は、「問題」を優しく包み込むことで、見ているヒトの心にしっかりと入り込んでいく。それは、見ているヒトが自分から「何が起きているのか知りたい」と思ってしまうような魔法の力を持っている。



しかし、アートかドキュメントか曖昧な写真は、諸刃の剣でもある。それは、問題を「作品化」してしまうからだ。フォトジャーナリストは、時には死体の写真を撮ることもある。飢餓で苦しむ人々を撮ることもある。紛争の瞬間を撮ることもある。でも、それらを美しい構図の中に収めると、映っている問題は「静物」として変換されてしまう。それはアートとしての作品を成す、ひとつの要素に過ぎなくなってしまうのだ。それはある種、問題そのものを覆い隠してしまうことになり兼ねない。見ているヒトの感覚を麻痺させてしまうからだ。

アートなのか、ドキュメントなのか。

フォトジャーナリストはそのジレンマに耐えず苦しむこととなる。中にはそんな批判の矢面に立たされるフォトジャーナリストもいるし、倫理的な悩みを抱えて自殺してしまった方もいる。写真という極めて曖昧でナイーブな媒体を通すことには、それなりの責任が生じるのである。

しかし、そういう面を持っているからこそ、写真は魅力的で効果的な媒体なのだと、僕は考えている。



「一枚の写真が、世界を変えることがある。」

これは、報道写真誌DAYS JAPANの表紙に書かれている言葉だ。写真にはそれくらい強い力があると、僕は信じている。そしていつの日か、自分がそんな写真を撮ることができれば、と夢を見る。

僕の、フォトジャーナリストを志す気持ちは揺らがない。


文責/はたちこうた(代表)



◎追記
現在、恵比須にある東京都写真美術館では、世界報道写真展2010が開催されています。どれも素晴らしい写真ばかりですので、ぜひ足を運んでみてください。

http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-82.html

あと以下の写真がそのワークショップで作ったフォト・エッセイです。
テーマは「移動する人々」。

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S.A.L.ブログより転載
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2010年07月09日

【コラム】イスラエルにおけるsecurityとは何か

「Here is fucki’n conflict city.」
大学一年のとき、僕はエルサレムに2週間程滞在した。これはその時、馴染みになったレストランのジョンと言う店員が静かに呟いた言葉だ。当時、というか今でも、エルサレムの旧市街の中にはいつもイスラエル兵がいて、パレスチナ人を監視していた。少し離れた東エルサレムでは、パレスチナ人の故郷をブルドーザーが壊しながら、大規模な入植地が建設されていた。パレスチナ人であるジョンは、そんな風に壊されていく自分の故郷に胸を痛めていたに違いない。彼の一言には、とても切なくて、なんだか寂しい様な気持ちが凝縮されていた気がした。
イスラエルのパレスチナ人に対する振る舞いのひどさは有名だ。まるで人で無いようにパレスチナ人を扱う。分離壁とか言うとても大きい壁を作って、彼らを隔離する。市場のど真ん中に金属探知ゲートを設け、移動を制限する。モスクへの入場を制限・監視する、夜中に家をぶっ壊して、人を殺す。このような行動が、エルサレムだけではなくヨルダン川西岸地区やガザなどの占領地で日常的に行われているのである。僕自身もヨルダン川西岸地区を訪れた時、ヘブロンやジェニンに残る傷跡を目の当たりにした。そんな中で、イスラエルの行動にはただただ疑問を持たざるを得なかった。海外ではイスラエルを「抑圧者」と評す人も少なくはないのが頷ける。
抑圧者イスラエルの行動すべては、securityという言葉の名のもとに行われ、正統化されている。イスラエルのSecurityのためであれば彼らは何をしてもいいし、何かしても責任を逃れることが出来るのだ。たとえばパレスチナ人の少年を射殺したら、テロリストに見えたからと「security」のために射殺した、と言い訳すれば良い。このsecurityという言葉には、単なる「安全」という意味を超えた、別の意味が包含されているのである。それは、パレスチナ人に対する過度の不安や悪意、妄想に近い恨みをひとまとめにして、彼らを敵として見なすような「意味」だ。明らかにイスラエル主観で自己中心的なsecurityを抱きながら、イスラエルの占領政策は続いているのである。
イスラエルがこのsecurityを中心に物事を考えているうちは、二国家共存が成り立つことは絶対にないだろう。そもそもその考え方は間違えているし、それがパレスチナの恨みを呼び、問題をさらに複雑化させているのは明らかだ。本来Securityとは、ユダヤ人もパレスチナ人も関係なく、そこにいる「人」のための安全保障を示す言葉として使われるべきなのである。もちろん、両者の間で繰り広げられている争いは、単に言葉の意味付けだけで解決される様な単純な問題ではない。しかしそんな言い訳が出来るような逃げ道を用意しているようでは、問題を根本から解決することができるはずもないだろう。securityという言葉の意味に正面から向き合って、しっかりとそれを考え直す必要があるのではないだろうか。
泥沼と言われているその問題が解決しないなんてことは、絶対にない。何らかの小さなきっかけが、解決に繋がることだって十分にあり得る。ひとつの言葉の意味を見直すことから、おおきな平和が生まれる可能生は否定できない。いつの日か、パレスチナの首都となった東エルサレムで、笑顔で元気に暮らすジョンに会える日が来ればと、僕は切に願う。
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2010年05月19日

【コラム】プロジェクトを創るとは

「子どもらしく、バカに、そして楽しく。」

実際そうなれと言われても、簡単なようで難しいこの言葉を、僕は自分自身ののモットーにしている。どんなときも、どんなことも、子どものように無限の発想を広げて、バカになってポジティブにならないで、そして全力で楽しんで行きたい。そう考えているからだ。

*

この間、自分の代表を務める団体、学生団体S.A.L.の新歓合宿があった。そこで行ったのは、プロジェクト立案ワークショップ。50人の新入生と一緒に、グループ毎に実施した。わくわくって何だろう?もやもやって何だろう?というおおきな曖昧な疑問を、ひとつのプロジェクトという形に昇華して具現化するワークショップだ。

ぼくは統括側ということで、それには参加できなかったのだけれども、みんな真剣に、そしてまじめに頑張っていた。


*

プロジェクトの最終プレゼンテーションが終わった時、ぼくは感じた。
「みんなちょっと、カタいな。」別に悪いことじゃない、カタくてもしっかり構築できているものばっかりだったし、論理的にも実現可能性にも優れているものはたくさんあった。でも、カタい。わくわく、しない。
そのとき僕は思った。「みんな、子どもらしく、そしてバカになりきれていない」って。

*

プロジェクトを考えるとき、ぼくらはまじめにカタく考えすぎてしまうことがたくさんある。理論構築や現実可能性、利益なんかの既成概念に囚われて、ガチガチになってしまうからだ。たしかにそれでも、いいかもしれない。そうすべきだと言う人だって、たくさんいるだろう。
でも、ぼくはそれじゃあ楽しくないじゃんと思ってしまう。いいアイデアとか、すごい面白いこととか、びっくりする企画って、絶対にみんなでわいわい楽しんでるときに飛び出すものじゃないか、と言いたいわけだ。

「こんなんどう?いいんじゃね?」
「あ!それすごい、いい!」
「めっちゃやりたい!」

そんな会話がはじまるようなわくわく感。これが大事。最初に言った「子どもらしく、バカに、そして楽しく。」っていうのはつまりそういうことなのだ。最初から変に網に絡まることなく、自由に発想していくことが、ここでは求められるんじゃないのだろうか。変ないろいろなムズカシイことは、あとから順を追って考えていけばいい。実現可能性が少ないなら、可能性があるようにアプローチしていけばいい。論理性がおかしいなら、論理を構築すればいい。利益が出るか不安なら、さらにアイデアを絞り出せば、いい。
自分がわくわくしないモノなんて、ほかの人もやりたくは、ならない。
楽しいものはきっと、わくわくする。バカなものも、子どもらしいものも、きっと絶対、わくわくする。
それならカタくなりすぎず、楽しく考えたほうがいいに決まってる。

*

たとえばカッコイイ橋を作るときに、橋の大きさも長さも色も形なんにも決まっていないのに、いきなり設計図を書くことはできない。仮に出来たとしても、なんだかフツーの橋になってしまうだろう。よくある、「THE 橋」みたいな橋。
そこで大切なのは、自分が子どものとき、真っ白な紙に落書きした感覚だ。
その感覚を思い出しながら、でっかく、好きなように、自分だけの橋を描いてみたらどうだろうか。もちろん、楽しく、バカに。

そうすればいつか、大きな虹の橋が、できあがるはずだ。

(S.A.L.ブログより転載)
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2010年05月18日

【コラム】カーゴ・カルト

 ジョン・フラムというアメリカ人がいる。彼は、バヌアツ共和国のタンナ島で信仰の対象となっている「神様」である。彼が再来すると言われる2月15日には毎年、「USA」のボディ・ペイントをした信者たちが島中から集まり、ジーンズに身を固めた筋骨隆々の男たちが竹槍をライフルに見立てながら行進する。そして夜通し歌い踊り続けて、ジョン・フラムが再来することを祈るのである。かつてタンナ島に大量の物資を運んできたと言われている彼が再来すれば、島は再び至福に満ち溢れるとされているのだ。

 この様な信仰はカーゴ・カルト(積荷信仰)と呼ばれ、20世紀が終わるまでメラネシアの島々に多く存在した。どれも、神や祖先たちが船や飛行機で文明の利器を島に運び込み、富と繁栄をもたらすという考え方の上に成り立っており、かつての植民地支配や、アメリカ軍による基地建設のインパクトによって発生したと言われている。孤立した島に文明が大量流入する事で、それに対する過度の憧れが具現化したに違いない。もちろん、文明に塗れて暮らしているぼくらには、そのような信仰はとても奇抜に写るだろう。いつやってくるかわからないカーゴに思いを馳せて待ち続けると言うのは、あまりにも他人任せで、本質を見極められていない気もしてしまう。しかし、現実にそれは存在していたのだ。

 オーストラリアの経済学者クライヴ・ハミルトンは、そんなカーゴ・カルトと資本主義経済の間に共通項を見出した。どちらも「物質の量が多ければ多いほど幸せになる」「いつかそれは実現される」という考えを基に成り立っている、と言うのだ。確かに、見方によっては双方とも似通った考え方なのかもしれない。幸せは物質的・金銭的・量的なモノと結び付かないとするハミルトンは、ジョン・フラムを待ちながら夜通し歌い踊るタンナ島の人たちがいつまでも幸せになれないように、物質的豊かさを夢見ながら資本主義の歯車として踊ってきたぼくらも、決して幸せにはなれないと述べている。結局のところ、資本主義信仰も他人任せで本質を見極められていないと、彼は言いたいのではないだろうか。

 ハミルトンは、経済成長至上主義を脱して、幸福主義を基本としたスローライフへのシフトダウンをすべきだと提唱している。人間らしい幸せを手にしよう、というわけだ。ぼくらもそろそろ本質に気付いて、歯車としての踊りをやめるべきなのかもしれない。ジョン・フラムは、決してぼくらの島にはやってこないのだから。
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2010年05月07日

【コラム】若者

大学の授業で、国家体制について面白い話を聞いた。「若者が多い国家では革命が多発し、老人が多い国家は安定する」という話だ。

若者は未来に希望を持って、体制を大声で批判し、アグレッシブに動き続けることが出来る。いわゆる若気の至りだ。だから、若者が多い国家では反乱やデモもしょっちゅう起きるし、国家は安定しないのも当たり前だという話である。一見論理的ではないが、確かにと納得できる。

いま反乱が起きているタイも若者が多い。というか、発展途上国はだいたい若者が多い。発展途上国の政治が不安定な要因の一つには、間違えなく若者の存在があるはずだ。そういえば、日本やアメリカでも、60年代には若者がデモ行進や大学の立てこもりを行っていたことがある。反乱に近い規模で、だ。あの頃、若者は多かったのだ。でも、ご存じの通り近年の先進国は大方、少子高齢化が進んでいるから若者が少ない。そのせいなのか大きなデモや反乱がおこる国も少ない。(最近混乱が続くギリシャは例外だ、たぶん若者じゃなくてもみんな若々しいのだろう。) まあそれが良いって言ってしまえばいいんだけど、どこの国も国家自体がそんなに健全な状態じゃないのに、なんかこうも覇気が無いのはどうかと思う。別に反乱を起こせって言ってるわけじゃないが、このままじゃほんともう先進国はみんな駄目になる一方な気がしてしまう。日本は特にそう。

 とりあえずこれを読んでいるあなたがもし若者なら、パソコンを捨てよ、街に出よう。携帯を捨てよ、街に出よう。ツイッターとかブログでちまちま国を批判していても、時代も、人も、国も変わるわけがない。みんなで集まって、少しは声をあげてみたらどうだろうか。なんでもいいから、行き当たりばったりでいいから、行動してみたらどうだろうか。そういう若者らしい、若者にしか持っていない特権を生かさないと、もったいないでしょ。

といいつつも、そんなことは誰もやらないし、やる気もないだろう。そういうのが自然と出てくることこそ、若気の至り。全体的に覇気が無いんだから、もうどうしようもないかもしれない。そう言って僕は、今日もパソコンに向かう。

(S.A.L. メールマガジンより)
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2010年04月27日

【コラム】宇宙人のはなし

S.A.L.のブログで書いたコラムをまた引用。

ホーキング博士が「もし宇宙人がわたしたちのところにやってきたら、コロンブスがアメリカ大陸にやってきたような結果になるだろう。」って言ってたから、ふとこのコラムを思い出した。

そのニュースはこちら。
→「宇宙人はいるかもしれないが、コンタクトするのは危険」ホーキング博士
http://www.afpbb.com/article/entertainment/entertainment-others/2721250/5669995


*

もし仮に宇宙人がいるとして、彼らは地球人よりも圧倒的に多数のマジョリティだとします。

宇宙人調査団がまだ全宇宙からしたら未開である地球にやってきて、様々なレポートを書きました。

内容はだいたい、環境破壊、戦争、核、水、食料、女性と子どもの権利について、などなど。このレポートをみた宇宙人たちは驚きました。地球人はなんて野蛮なんだ、どこまで前近代なやつらなんだ、と。地球は彼ら宇宙人の一般常識からあまりにもかけ離れた世界だったのです。

さて、宇宙人たちはそんな野蛮でな前近代的な地球を近代化させることが急務だととらえ、地球へとやってきました。そして、地球人を自分たちと同じようにすべく、あの手この手を使ってきました。

ちなみに宇宙人の洋服は短パンにノースリーブが一般的で、宇宙人女性は化粧をしませんし、髪は男女関わらず坊主です。差別ととらえるからですね。子どもという区別はなく、みんなで朝から晩まで働きます。穀物や動物は食べません。人工的な錠剤を毎日3回飲みます。

まあこれが彼ら宇宙人の一般常識であり、宇宙全体ではマジョリティにあたるから、地球人もこうなれよ、と宇宙人たちは僕らに言ってきたわけですね。


あなただったら、この宇宙人たちをどう思いますか?たとえ宇宙全体がそういう一般常識を持っていたとしても、無理にそれにあわせたいと思いますか。僕はいやです。

僕らには僕らの生き方があるし、価値観や生活があります。なぜマジョリティにあわせなきゃいけないか、わかりません。

さて、こんなたとえで僕は何がいいたいのかといえば、途上国を開発するぞ!といいながら、私たち先進国に同化したり、先進国マジョリティにあわせるような「上からの開発」をするのは間違えているのではないか、ということ。

一元的に「あそこの文化は私たちと違うから野蛮だ、だから教育すべき」だとか「あの国にはあれがないからだから不便だろ」だとか、そんなふうにとらえて支援や開発をするのは、たとえに出した宇宙人と同じです。価値観の押しつけであり、自己中心的であり、相手を思いやることができていません。


どんな支援や開発をするにも、いや、どんな形でも、ある特定の地域に関わるならば、その地域の価値観や文化、生活をしっかり学び、理解しなければいけないのではないでしょうか。そして、地域によって、アプローチの仕方を変える必要があるのではないでしょうか。

具体的なアプローチの仕方は、地域や、関わる方法によって変わってきます。これを読んでいるひとには、ぜひ自分で調べ、そして良いアプローチを見つけだしてもらいたいです。


さてさて、地球を変えようといきりたった心やさしい宇宙人は、なかなか言うことを聞かない地球に軍を派遣してきました。地球人はいったいどうなるのでしょうか。次回、急展開。こうご期待。つづく。
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2010年04月17日

【コラム】橋の上から

人が燃えていた。ものすごい勢いで燃えていた。暗闇の中でめらめらと燃える炎は、なんだか神秘的だったし、これがひとりの人だったのかと思うと、やるせない気持ちにもなった。人が燃えるのを見るのも、その煙を吸い込むのも、生まれてはじめてだった。

僕はそのとき、ネパールの首都カトマンズにあるヒンドゥー寺院にいた。ヒンドゥー寺院の一角にある橋の上から、僕は火葬の様子を見ていた。その橋はガンジス川の上流に当たる川に架かっていて、川の岸辺では家族達が亡くなった母親の遺体を荼毘に伏していた。僕が寺院に着いた時、ちょうど火葬が始まる瞬間だった。おそらく長男であろう男性が、母親の遺体を少し高い石段の上に乗せて周りを藁で取り囲み、上から油を注いでいた。

僕らにとっては非日常的なその光景も、ネパールでは当たり前の出来事だ。ネパールのヒンドゥー教徒は亡くなるとみんな、この寺院の川辺に備え付けられているガートと呼ばれる場所で火葬され、遺灰は目の前の川に流される。それは、遺灰が川の流れに沿って聖なるガンジス川にたどり着いたとき、亡くなった人が輪廻に入って再び「生」になると言われているからだ。

僕は最初、そんな光景に出会えてラッキーだとしか考えていなかった。僕にとって赤色の服を着た遺体は、川辺と無機質な石段に対して映える色合いに過ぎなかったし、その行為自体もただの珍しいオリエンタリスティックな「景色」だとしか捉えていなかったのだ。だから特に何も気にせず、いかにも日本人の観光客と言う感じで、僕は一眼レフのシャッターを切り続けていた。しかし、喪主である息子が母親の遺体に火を付けた瞬間、もうもうと遺体から立ち上がり始めた煙を吸い込んで、僕は変な気持ちになった。これがただの景色ではなく、本当に目の前で起きている「出来事」であることに気が付いたからだ。これがとても大事な儀式であり、ここが厳格な場所であり、いまがとても大切な時間であるということを、その時はじめて理解したのだ。橋の上からただの観光客として、ただの景色にしかその光景を見ることのできなかった僕は、確実にすべてを邪魔していたに違いない。自分を恥じた僕は、一眼レフのシャッターを切るのをやめた。そして、橋の欄干にもたれながら、燃えあがる炎を静かに見つめた。

そこにはひとつの大きな悲しみが存在し、同時に大きなひとつの命が輪廻に入ろうとしていた。ひとりの一生が、ゆっくりと時間をかけて、大きな炎と煙に変化し続けていた。色合いやオリエンタリズムなんか関係の無い美しさが、そこにはあった。辺りに広がる煙が、つんと僕の鼻を刺した。
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2010年03月27日

【コラム】写真と違和感とありがとう

たとえば、あなたがカンボジアに行ったとする。
そしてスラム街で、子ども達の素晴らしい笑顔に出会ったとする。

言い忘れていたけれども、あなたの手には、高機能なコンパクト・デジタルカメラが握られているとする。

ほとんどの場合、あなたはそのカメラで、子ども達の笑顔の写真を撮るだろう。

自分が一緒に入るのか、子ども達を何人か集めるのかはわからないけども、とにかく写真を撮るだろう。

そして、あなたは子ども達に写真を見せるだろう。


あなたはそんな子ども達の笑顔の写真をたくさん撮って、帰国したら、例えばmixiやFacebookなんかのSNSにアップロードして、友達に共有するだろう。


さて、この一連の流れに、何か違和感を感じる人はいないだろうか。
当たり前すぎて、感じないかもしれない。

でも僕は、違和感を感じた。

どこに?なんで?

*

この流れは、別になんにも悪いことじゃないとは思う。

だって、その子ども達は写真を撮られて嫌な気持ちにはなっていない。カメラを持っているだけで、「撮って撮って!!」と寄ってくる子どもばっかりだ。その子たちを写真に撮ると、撮られた子どもたちは喜ぶし。

でも、僕は違和感を感じた。

*

僕が違和感を感じたのは、子ども達は写真を「撮られている」だけであるという事実に対して。

例えば撮った写真をその場で子ども達に見せてあげても、子ども達自身は一回見せてもらったらその写真を自分の手元に置いておくことはできない。思い出としての写真は残らない。それは僕らの手元にだけあって、それは僕らにとっての「思い出としての写真」になってしまう。

写真というのは、情景と一瞬を切り抜いて永久化することだ。

写真を手元に残せない子ども達にとっては、写真を撮られたことは一瞬であって、永久にならない。写真の利点が全く生かされていないのだ。言い換えれば、僕らが勝手に子ども達を撮って、勝手にそれを思い出にしているだけな気がしてしまうわけだ。

だから僕は、その行為に違和感を感じたのだ。

*

写真はコミュニケーション・ツールだ。

ただ相手を撮っているだけでは一方通行になってしまう。コミュニケーションできていない。それをしっかり、相手にとっても自分にとっても、思い出の一枚に出来ないと、写真の良さを生かせていないし、本当に自己満なんじゃないかと思ってしまう。

別に旅行先の子ども達にだけ、この話が当てはまるわけでもない。どこだって、写真はそういうものだ。

*

僕はこのことに違和感を感じてから、なんだか子ども達にカメラのレンズを向けることに戸惑いを覚えてしまった。二回目にカンボジアに行った時、僕はほとんど子ども達の写真を撮ることが出来なかった。

考えすぎと言ったらそれで終わりかもしれない。子どもたちは気にしていないかもしれない。自己満足の問題かもしれない。というか、そうだろう。

でもやっぱり、僕はこの違和感どうにか解決したかったから、今回チベットに行く前にあるものを購入した。

それは、ポータブル・プリンターだ。

デジカメとつないで、その場でシール状の写真が印刷できる、プリンターだ。

その場で写真をプリント出来れば、写真を撮って、それをプレゼントするという、「コミュニケーション」が生まれる。コミュニケーション・ツールである写真の真の良さを、生かせる。しかも、自分だけの思い出にはならない。相手にも、一瞬ではなく写真として、しっかりと手元に残る。

子ども達にも、思い出としての写真を共有することができる。子ども達の笑顔を勝手に撮るんじゃなくて、子ども達自身ともシェア出来るのだ。

買うしかないと思った。

*

僕はチベットで、それを大活用させた。チベットで実際にポータブル・プリンターを使うと、子ども達は本当に喜んでくれた。

自分が写っている写真を、恥ずかしそうに、嬉しそうに、それぞれが手にぎゅっと握って、よーく、じっくり食い入っている子どもたちを見ていると、僕もとても嬉しくなった。

そして何より、子ども達がみんな声を揃えて言ってくれる言葉に、僕は何度も感動した。凄い単純だけど、写真を撮るだけじゃ絶対に言ってもらえない言葉だった。


「トゥチェチェ(ありがとう)」。


それ聞いたとき、コミュニケーションが生まれた。違和感は消えた。
撮ってよかったと思ったし、撮るときに躊躇する事もなくなった。

*

たとえば、あなたがカンボジアに行ったとする。
そしてスラム街で、子ども達の素晴らしい笑顔に出会ったとする。

言い忘れていたけれども、あなたの手には、高機能なコンパクト・デジタルカメラが握られているとする。そして、ポータブル・プリンターもあるとする。

ほとんどの場合、あなたはそのカメラで、子ども達の笑顔の写真を撮るだろう。

自分が一緒に入るのか、子ども達を何人か集めるのかはわからないけども、とにかく写真を撮るだろう。

そして、あなたは子ども達に写真を見せるだろう。

そして、あなたは子ども達に写真を、プレゼントするだろう。

子ども達はあなたに、ありがとうと言うだろう。


CSC_0461.jpg DSC_0468.jpg
(チベットの村で、子ども達と/印刷した写真に見入る子ども達)

S.A.L.ブログより転載
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2010年02月24日

今日気になったニュース。

●日経を丸ごと読める「Web刊」、単体月額4000円で 「良質な情報はタダではない」

(via ITmedia)

インターネットの出現における新聞の在り方について、日本の新聞は甘えてるだのなんだのニューズウィークに書かれてた。アメリカとかではもう打撃が大きくて、廃刊が相次いでるわけで、そんなところに来てNY TIMESが有料化して、ビジネスプランを構築しようと模索してる。
日本もこういう風に、「ネットニュースは無料じゃない」っていう価値観を構築するのが急がれると思う。そういう意味で、日経が先を切ったのはエライ。今後どういう流れが組まれるか期待。

さて、日経の社長曰く

「ネットに無料の情報があふれる中、情報が本物か、発信源はどこか、誰か事実を確認したのか、確かなものが分かりにくくなっている面もある。紙の新聞で培ってきた正しい報道や価値のある言論、ジャーナリズムを、PCや携帯電話などデジタル機器に親しんだ人にも提供するのが使命」


とのこと。こういうことを言えるのは素晴らしいことだよね。ジャーナリズムの概念がふらふらして、よくわからなくなってる今、マスメディアの在り方とか存在意義が問われている。頑張ってもらいたい。


●五輪=ボブスレー女子、日本のそりは「金メダル」の美しさ

(via ロイター)

単純にすげーと思いました。
あの、ボブスレーの真っ白な部分をパレットとして捉えちゃう価値観が素敵。他の国でもこんなことしてるところ、ない。表現という意味でも凄い良い試み。
日本を伝えて行くという意味で、”ソフトパワー”の概念に近い良さがあると思う。これを見たら結構「おお!」ってなるでしょ。
日本の広告塔になってるオリンピック選手は、こういう遊び心でイメージアップに努めてほしいとおもったー。




●スーダン政府と主要反政府組織、紛争終結に向けた枠組み合意に正式署名

(via ロイター)

ダルフール紛争がついに終結?

くわしい先行きはわかんないし、あんまり勉強してないから事情もわからないけど、「史上最大の人道危機」ってUNHCRとかが言ってたのは覚えてる。それが終結に向かう兆しを見せた時点で、凄いプラスだよね。
がんばってほしい。

こういう紛争ってやっぱり、結局上位層が上手くまとまらない限りなんも解決に至らないのがなんだかなあって感じだ。
イスラエル・パレスチナだって、どんだけ住民と兵士がにらみ合いしたり、インティファーダしたりしようとも、お互いは本当は悪くない。悪いのは上で、そのイデオロギー対立とプロパガンダに流されてしまって、あたかも下がぶつかってるように見える。

理不尽だよなあ。ピラミッド構造だと、ほんとうに理不尽で、BOPが一番損をするんだよなあ。

やれやれ。

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2010年02月18日

今日気になったニュース。

これから、その日に見たなかで気になったニュースとか、ピックアップして行こうと思った。

●マクドナルド、神奈川県内で3月から全店舗禁煙へ

とりあえずやり過ぎだと思う。
まあ俺が喫煙者だから、ってこともあるけど、いくらなんでもと思った。
コーヒーと煙草が良く合う事を、嫌煙家の人たちは知らないんだろうか。
自分が良ければ、それでいいのかなあとも思う。
もちろん、こういう事を言うには煙草のマナーを守らないとなんも言えないわけだけども。

●ジョージ・ポーク賞ビデオ部門賞に、イラン「抵抗のシンボル」撮影した無名の市民ら

イラン大統領選挙のとき、治安部隊に殺害されたと言われる少女ネダの動画と画像は、twitterとYoutubeで一気に世界中に広がった。
CNNがtwitterとかYoutubeをソースにして、この事件を報道したことには、市民ジャーナリズムの今後に対して大きな意義があったと言われていた。
イラン側もtwitterに対するアクセス遮断、逆にアメリカ国務省は"twitterに対して"メンテナンスの日程をイラン選挙の日程から外すように指定したくらいだから、その力の大きさには双方共に驚いたんだろうと思う。
何よりその事件と、それを伝えた"無名の市民"がジョージ・ポーク賞を受賞したってことが素晴らしいわけだ。

●豪華モデルが出演!ハイチ支援のチャリティ・ファションショー

We are the worldのハイチ・バージョン(下)もそうだけど、海外はこういう大々的なチャリティ・イベントを、あちらこちらで行うっていう考え方がすばらしいなあとか、思う。
日本でもちいさいのは有るとは思うんだけど、広報戦略が下手なのか、大々的じゃない。伝えるとか、助けるって意味は、多くの人にそれを知らせることからはじまる。ただの内輪の自己満足で終わらせないで、広報をうまくやって、”大きな”イベントからムーブメントを生み出すべき。

いいことに変わりは無いのに、知られてるか知られてないかで、効果には雲泥の差がある。もったいない。



俺はiTunesストアで曲を買った。150円だけど、何かに繋がると思う。
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2010年02月14日

【コラム】平和の式典の裏側で

バンクーバー五輪が開幕した。僕はスノーボードが好きだから、冬季五輪は楽しみだ。スノーボードクロスは、特に楽しみだ。日本勢の活躍にも期待したい。
オリンピックというのは国を挙げた一大イベントであり、その中でも開会式はすべてを象徴するイベントだ。バンクーバー五輪開会式の推定視聴者数は世界で約30億人。世界のふたりにひとりが同時に見ていた開会式のテーマは「先住民の尊重と自然との共生」。まさに平和の式典にふさわしいテーマである。素晴らしくそして美しいオープニングだった。
さて。そんな平和の式典の裏側で、NATO(北大西洋条約機構)が、アフガニスタン南部の都市に対する大規模掃討作戦を開始していた事を、みなさんはご存じだろうか?たぶん、知る人は少ないだろう。各メディアはオリンピック開会式と国母選手のズボン問題一色。アフガニスタンのあの字も出てこなかったはずだ。少なくとも、僕が見ていた夜のニュース(NHK,TBS,フジ,朝日)では一切出てこなかった。ニュースの一部を抜粋しよう。

「アフガニスタンで反政府武装勢力の掃討に当たる北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)は13日未明から、同国南部のヘルマンド州マルジャ市で大規模な軍事作戦を開始した。同市は、イスラム強硬派勢力タリバーンがヘルマンド州で支配する最後の拠点とされる。
ISAFによると、2001年のアフガン軍事作戦の開始以降、最大規模の攻勢。作戦には米軍、英国、アフガンやカナダなどの兵士約1万5000人が参加している。オバマ米大統領が昨年末に打ち出した増派3万人の一部である米海兵隊約3000人も加わっている。」(CNNより)

平和の式典と最大規模の作戦の日程を被せてくるNATOのやり方は姑息だ。メディアが五輪一色で染まるであることを利用して、国際世論のバッシングを極力避けようとしている。さらに、作戦に参加している兵士の中には、なんと五輪主催者であるカナダ兵も多くいるらしい。果たして、そんなことでいいのだろうか。対テロ戦争・タリバン掃討と言えば美化されるその攻勢の裏には、人口8-10万人と言われるマルジャ市に住む一般の人々がいるのだ。作戦開始前に避難を呼びかけたと言うが、一般市民の方々はまだ市内に多く残っているという。その人たちにとって、せっかくの平和の式典の開会式を見ている余裕は、全く無いだろう。銃弾が鳴り響き、町に戦車が行き交う中で、誰がそんなものを見れるというのだろうか。一般市民の方々の犠牲者が出ないことを、ただただ祈るのみである。
それに、これをまったく報道しない日本のメディアの対応もひどい。マルジャ市に住む人々たちの命は、国保選手のズボンよりもよっぽど重い。少しでも知らせる義務があるはずだ。むろん、僕らも、知ろうとする努力を惜しまないといけないのだが。
さて、この作戦の名前は「オペレーション・ムシュタラク」。ムシュタラクとはダリー語で「一緒に」という意味だという。せめて平和の式典の開会式の日くらい、世界中「一緒に」平和を楽しめばいいのに、と僕は思った。オリンピック・ムシュタラク。
posted by kota at 03:59| Comment(0) | TrackBack(1) | ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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